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最高裁判所第三小法廷 平成5年(あ)728号 決定 1996年2月13日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大塚一男の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、銃砲刀剣類所持等取締法(平成三年法律第五二号による改正前のもの)三条一項にいう「刀剣類」との文言が所論のようにあいまいであるということはできないから、所論は前提を欠き、弁護人大塚一男及び同伊藤博史の各上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも本件とは事案を異にして適切でなく、弁護人大塚一男及び同伊藤博史の各上告趣意のその余の点並びに被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

所論にかんがみ、職権により判断する。

原判決の認定によれば、被告人が包丁儀式に使用するものとして所持していた本件七本の刃物は、いずれも、刃渡りが約32.2ないし33.4センチメートル、柄に近い部分の刀身の幅は約3.5センチメートル、棟の厚みは約0.4センチーメトルで、片面が研磨された鋭利な刃が付けられた、先端の鋭利な鋼鉄(炭素鋼)製の刃物であって、鍔はないが、刀身とほぼ同じ幅の白木の柄に目釘で固定され、白木の鞘に収められており、刀身の刃区(はまち)の部分には小さいながらも和包丁の特徴である俗にアゴと言われる段差があるものの、(はばき)によりその段差が完全に覆い隠されているというのである。そうしてみると、右各刃物は、社会通念上「刀」というにふさわしい形態、実質を備えていると認めるのが相当である(長さから言えば俗に言う脇差に当たる。)。したがって、右各刃物は、いずれも、銃砲刀剣類所持等取締法(平成三年法律第五二号による改正前のもの)三条一項にいう「刀剣類」に当たるとした原判決は、正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告趣意書

(刀の概念について)

第一 上告理由第一点(刑訴法第四一一条一号、三号)

一 本件儀式包丁を銃刀法第二条二項の「刀剣類」に該当するとした原判決は、同法第二条二項の「刀剣類」の解釈を誤ったものであって、判決に影響を及ぼすべき法令の違反あり、又は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

二 弁護人が控訴審において詳しく主証、立証してきたように、本件儀式包丁は、通常の脇差しに比して大いに異なる特徴を有している。

1 拵えの点については、本件儀式包丁の柄は白木で造られている。また、鞘を有しているがこれも白木で造られている。そして、が付けられている。しかし、鍔は本来的に付けられていない。

弁護人が控訴審において提出した堺刀物商工業共同組合連合会作成のパンフレット「堺刀物」によれば、高級和包丁は殆んどが白木造りである事実が判る。又、高級和包丁には、いずれも包丁の刃体の保存のため、白木の鞘が作られ、包丁を用いない時には、刃体を鞘に収めている事実が明らかになった。そして、こうした柄や鞘に白木、すなわち帚木(ほおき)が用いられる理由は、帚の木は軟らかく加工がし易いからである。また帚の木が軟らかいため、鞘に収めた時、包丁の刃体を傷めないからである。

本件儀式包丁にはが付せられている。このが用いられた理由は、原審及び控訴審における被告人質問の結果明らかにされたように、白木の鞘に刃体が収められた時、によって鞘の入口部分が固定され、その結果鞘の内部において刃体が鞘に当らないようにして刃体が傷付かないように保護するためのものであった。このように、刃体を守るためにを付することは高級和包丁にはしばしば見受けられることである。

こうしたことは、目釘についても言える。前述の堺のパンフレットからも明らかなごとく、和包丁にあっては目釘を打つことは珍しいことではない。目釘を打つ目的は、包丁で物を切る時柄から刃体すなわち茎の部分が抜け落ちるのを防止するためにある。

さらに、本件儀式包丁には鍔がない。しかも、もともと本来的に鍔は造られていない。それは、この儀式包丁が魚等を切るために造られたものであって、刃体と刃体がぶつかり合って斬り合うような場合を想定していないからである。鍔が刀にとって本質的なものであることは、剣道についての道具の変遷から見ても明らかである。かつて、剣道は真剣と木刀によって行なわれてきた。それが、時代の変遷の中で竹刀が使われるようになったが、竹刀になっても鍔は失われていない。広辞苑第四版によれば、鍔とは、刀剣の柄と刀身との境目に挟み、柄を握る手を防護するものとある。すなわち、鍔は斬り合いの局面において、相手の攻撃から自らの刀を握る手を保護し、ひとたび攻撃に転じた場合に確実に相手を殺傷し得るように備えられたものなのである。このように、鍔はそれが刀の斬り合うという能力にとって本質的であるがゆえに、今なお竹刀に残っているのである。本件儀式包丁には、本来的に鍔は造られていない。この点は大いに着目されるべきである。

2 造りの点については、本件儀式包丁は茎が細い。そして、片刃造りであり、さらに刃の陰の部分に樋(内反りになっていること)がある。そして、直刀である。

茎について、広井雄一著の「刀剣のみかた」に掲載されている日本刀の各写真を見ると、日本刀の茎は刀身の部分とごくわずかしか太さは変らない。日本刀の場合には、斬り合いの局面において刀を刀とがぶつかり合ったり、あるいは人身を斬る時などに、茎が細いと刀が折れてしまうために、こういう事態の発生を予め防止するために茎が太く造られているのである。この点は殺傷能力にとって本質的なものであると言うべきである。しかるに、本件儀式包丁にあっては茎は細い。それは儀式包丁が魚等を切るために造られているので、斬り合いの場合の時に必要とされるような強さを必要としないからである。又、被告人が控訴審において述べたように、包丁の上で魚等を切るに当って、茎が太いと包丁としてのバランスが悪くなり切りにくくなるのである。すなわち、茎が太いと柄の部分が重くなり、包丁全体のバランスが取りにくくなって、扱いにくくなってしまうのである。こうした目的、機能上の理由から、包丁の茎は細く造られているのである。

本件儀式包丁は片刃造りである。これは、伝統的に和包丁のみが有する特質である。さらに、本件儀式包丁には、片刃の部分(すなわち陰の部分)が内側に反っている。これを樋と言うが、これも和包丁の特質である。一般的に、日本刀は両刃造り、和包丁は片刃造りである。何故、日本刀は両刀造りか。それは日本刀は人肉を真っ直ぐに切り裂くために造られているからである。もし、日本刀が片刃造りであるならば、片刃の部分が人肉にぴったりと吸着して、そのために真っ直ぐに切り裂くことができない。これに対して、和包丁がもし両刀造りであったなら、魚を切り裂くことはできても、切られた素材の面は滑らかさを失われ、荒れたものとなる。刺身等が、滑らかさを失わず切り上げられるためには、片刃が必要なのである。しかも、樋があるために、切った面がしっとりと仕上るのである。和包丁にあっては両刃造りは害悪なのである。

本件儀式包丁は、いわゆる棟の部分が直線的に造られている直刀である。通常、日本刀においては、上から斬りおろしたり、あるいは横から切り払いやすくするために、棟の部分に反りがある。その方が斬り易いし、刃体が折れにくい。又、刺す場合にあっても、反りがある場合のほうが深くえぐるように刺し込める。これに対して、本件儀式包丁は、上から斬りおろしたり、横から斬り払ったり、深く刺し込むような目的は有していない。そのため、直刀の形となっているのである。

また、本件儀式包丁にはで覆い隠されてはいるが、刃体と茎の間にあご状の段差、すなわち区がある。包丁人はこの区に指を添えて包丁を自由自在に扱う。この区は和包丁に特有のものである。

右に述べたように、日本刀の基本的特徴は、両刀造り(鎬造り)で反りがあり、茎は太くできているというものである。これに対して、本件儀式包丁は、片刃造りで樋があり、直刀でしかも区があるという和包丁の特質を見事なまでに備えている。したがって、形態の上から見て、本件儀式包丁は和包丁のジャンルに入るものと言うべきである。

3 ところで、本件に関する控訴審判決は、主に廣井雄一供述を依り所としつつ、茎の形状、大きさは、必ずしも刀かどうかを判断する上で決定的な要素ではないとか、本件では茎が細くとも目釘で強度が補充されているとか、日本刀には両面を研磨して刃を付けたものが多いが、南北朝時代以降の各時代を通じ、片面を研磨して刃を付けたものもあるとか、太刀及び刀には必ず反りがあるが、一尺を少し過ぎる位の小さな脇差し又は短刀には反りのないもの又は反りが小さいものがあるなどとして、本件儀式包丁が依然として刀であると認定している。

しかしながら、右の控訴審判旨の「必ずしも」とか「もある」とか「ものがある」とかの部分に注意喚起を促したように、控訴審判決は、例外的なものの存在を積み重ねながら、本件儀式包丁をなお刀であると認定している。むしろ率直に言うならば、そうした例外的なものがいくつも重なっていること自体、本件の儀式包丁が刀ではなく包丁であると認定されなければならない理由を構成するものであると言うべきである。

三 右に述べたように、本件儀式包丁を刀剣類とした原審判決には、事実誤認、法令の違反があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

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